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 1970年代。韓国・釜山に住むわが家のお手伝いさんは、京都で生まれ育ち終戦後に韓国に戻ったという生い立ちから、“帰国者”として受けた差別の苦労話なども含めていろいろと話を聞かせてくれた。

 その中の一つに、「戦後、こんなことが言われていました」と、語呂合わせの詩を教えてくれた。

 ■「懐かしい…」

チョソンヌン チヨシムハラ

 朝鮮は用心せよ

 イルボンヌン イルナダ

 日本は起き上がる

 ソリヨエ ソジマラ

 ソ連にだまされるな

 ミグウル ミジマラ

 アメリカを信用するな」

 私が「だれが作った詩なの?」と聞くと、お手伝いさんは「さぁ、どこかの偉いさんと違いますか?日本は、ほんまにそうなりましたなー」と感心していた。

 米ボストンに住む、日本統治時代も知る年配の韓国人たちにも聞いてみると「懐かしいですね。聞いたことがあります」とか、壁に貼られているのを見たことがあると話す人もいた。だが、誰も作者は知らないという。

 生き字引のような韓国に住む87歳のR教授に質問してみると、戦後直ちに独立政府を望んでいた民衆の意に反して米国・英国・ソビエト連邦(現ロシア)の3国による、信託統治が決定され、国民デモが全国に広がり、漢詩にたけた李承晩(イ・スンマン=韓国の初代大統領)がこの詩を詠み民衆をなだめたと返事があった。

 朝鮮戦争で毎日、南軍(韓国軍)と北軍(北朝鮮軍)の戦闘が続く日々の中、北朝鮮が進軍した地域の女学生たちに下された命令は、負傷した多くの北朝鮮軍兵士たちを、にわか作りの担架で現ソウル駅に運び北朝鮮行きの列車に乗せる仕事だったという。

 ボストンでの友人で韓国出身のHさんはこんな話もしていた。

 「私たちと年齢があまり違わないような幼顔の残る兵士たちの手足がちぎれたり、腸が飛び出た見るも無残な血だらけの体で、『オンマー、オンマー(お母さん、お母さん)』と泣き叫ぶのです。地獄です」


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