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 ボンネットの前方にフェンダーミラーが付いた山梨県警のレトロなパトカーに「退官」の時が近づいている。現在667台ある県警車両のうち、同じ型は4台を残すのみ。警察官たちは、苦楽を共にした愛車との思い出を名残惜しそうに振り返る。(籾井智行)

東日本大震災から1年後、福島県の被災地でセドリックとともに任務にあたる若月さん(本人提供)
東日本大震災から1年後、福島県の被災地でセドリックとともに任務にあたる若月さん(本人提供)
2020年6月に掲載されたセドリックのパトカー(県警ツイッターから)
2020年6月に掲載されたセドリックのパトカー(県警ツイッターから)

 「警察官人生の中で最も衝撃を受けた時間を一緒に過ごした車です」。南甲府署の若月健太警部補(44)はしみじみと語る。

 東日本大震災から1年後の2012年3月、若月警部補は、津波と原子力発電所の事故に見舞われた福島県沿岸部に1週間派遣された。与えられた任務は、立ち入りが原則禁止された区域で多発した空き巣被害を防ぐためのパトロール。この時に運転したのが、日産自動車のセドリックのパトカーだった。

 同社によると、当該モデルの生産は1987年に開始。県警に納車されたのは25年ほど前とみられる。同じように派遣されてきた警視庁や新潟県警などのパトカーは、どれも今では一般的なドアミラー型。そのためフェンダーミラー型は周囲の目を引いた。「こんなところにミラーがあるんだ」「こんなに古い車種が残っていてすごい」。警察官たちの注目の的となり、一緒に記念写真を撮る人もいたという。

 若月警部補は「過酷な現場に派遣されてきた仲間たちに笑顔をもたらす癒やしになっていた」とほほえむ。日産の広報担当者も読売新聞の取材に対し、「大切にお乗りいただいていることをうれしく思います」とコメントしている。

 県警にフェンダーミラー型のパトカーが最後に配備されたのは1998年。この時配備された約10台のうち、福島に派遣されたパトカーも含めて徐々に引退が進み、現在は4台が稼働しているだけだ。

 4台の特徴は、ボンネットの両側にミラーがついているだけではない。いずれもマニュアル車で、窓はハンドルを回して開閉する手動式だ。このうちの1台が配備されている北杜署の田代崇次長(46)は、「若い頃、エンストさせて先輩から怒られたことを思い出すよ」と笑う。

 県警の公式ツイッターにパトカーの画像を公開したところ、600件近く「いいね」がつき、「めずらしいです」「いつまでも現役でいて」といったコメントが寄せられた。

 パトロールなどの業務にあたるため、パトカーは一般車より走行距離が長くなりやすく、丁寧に整備しても早く寿命を迎えることが多いという。車両管理を担う県警警務課の担当者は「この4台も含めた全ての車両を大切に扱い、県民の生活を守るために点検・整備を怠らないようにしたい」と話している。