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練習でゴールを守る福島忍(左)=宮武祐希撮影

アイスホッケーGK福島

 【平昌・福島祥】61歳にして8年ぶり4回目の大舞台に戻ってきた。平昌冬季パラリンピック・パラアイスホッケー代表最年長のGK福島忍=ニック=は今大会全3試合に出場し、ゴールを守り続けている。日本は惜しくも1次リーグで3連敗して準決勝進出を逃したが、14日に始まる5?8位決定予備戦に向けて、福島は「集中して守るだけ。それが自分の役目だ」と語り、力を振り絞る。

 福島は24歳の時、オートバイの事故で脊髄(せきずい)を損傷し、車いすを使うようになった。子どものころからサッカーをしていた福島は、事故後、車いすバスケットやテニスにも挑戦した。1998年の長野パラリンピック出場を目標にパラアイスホッケー(当時はアイススレッジホッケー)を始めた。長野大会は代表から漏れたが、あきらめなかった。その次の2002年ソルトレークシティー大会から、銀メダルを獲得した10年バンクーバー大会まで3大会連続出場。だがその後、チームは前回14年ソチ大会出場を逃し、一時低迷した。

 パラアイスホッケーのGKは、時速100キロを超えることもあるシュートを止めることが求められる過酷なポジション。16年秋、北海道苫小牧市で開かれたIPC世界選手権の前、福島は中北浩仁監督に「やめます」と宣言した。当時59歳。福島は練習への意欲がわかず、もやもやした気持ちが続いていた。

 そんな姿に気づいたのは、チームメートだった。FW高橋和広(39)=西東京市役所=は「最後(平昌大会)まで一緒にやろうよ」と声を掛けた。高橋は大学生の時、スノーボード中の事故で脊髄を損傷した。「同じけがで、ずっと一緒に続けてきた。やってほしかった」と話す。20歳以上若い仲間に背中を押され、福島は少しずつ意欲を取り戻した。

 妻輝美代さん(53)も食事や健康管理に気を使い、競技生活を見守った。結婚して約20年、夫は平日は車いすを製造販売する会社の営業の仕事が忙しく、週末はパラアイスホッケーの練習や合宿で、静岡県藤枝市の自宅にはほとんどいない。だがスポーツが好きで生き生きしている姿を見るのがうれしい。「引退宣言」の時も、高橋から夫の様子を聞いていた。「『やめる』と言っても本気かなと思った。あの人(福島)が競技をやめる時は死ぬ時かな」と冗談交じりに話す。

 福島の若いチームメートへの思いは強い。今大会開幕前、福島は日本代表チームについて「若い選手にはもっと闘争心を持ってほしい。パラリンピックに出してもらっただけで満足するのか。負けて悔しいなら、どうするのか」と話していた。いよいよ集大成だ。残り一試合一試合を大事に、自らの戦う姿で、後輩たちに伝える。



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