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丸山:そうじゃないとスタイリストにはなれないんだよ。そもそも東京っていうのはほとんどが地方から来た人で、そういう人たちは新しいモノを勉強したがる。でも、東京生まれはそんなの勉強したくないんだから。

黒川:確かに、最初から全部ありますからね。

丸山:そう、あるんだからね。

黒川:東京ネイティブですね。デジタルネイティブじゃなくて東京ネイティブ。

丸山:そうそう、ネイティブだからね。だから、俺はTHE MODS(ザ・モッズ)の森山(達也)に言ったことあるのよ。いわゆるモッズスタイルで、クサリをじゃらじゃらやってたけど、お前は九州から出てきたからそういうカッコができるんだと。佐野元春とか東京生まれのミュージシャンを見てみろ、みんな地味だぞと。東京生まれのミュージシャンは基本的に自宅から来ていて、近所のおじさんやおばさんに「あの子はなんてカッコしてるんだろう」って言われちゃうから地味なんだよ。

黒川:そういえば、そうですね。

丸山:そう、みんなね。お前みたいなカッコしてないんだよって、アハハハ。

黒川:そんなこと言ったんですか。

丸山:言った、言った。

黒川:すごいこと言いますねえ。

丸山:だから、東京生まれはそういうふうになっちゃうんだけど、でも地方生まれのよさっていうのもあるわけだから。

黒川:だからこそ生まれるものもあります。

かつて東京に出てくるっていうのは大変だった

丸山:そう、あるからね。だからロックバンドってね、当時は基本的に博多なら博多で止まってたほうが強かった。ライブハウスも「照和」とか、その地方独特のものがあった。東京も東京で流動性がなくて止まってて、80年代の頃ってそんなに行き来がなかった。せいぜい大阪の連中ぐらいで、地方から出てくるっていうのは至難の業だったんだよ。

黒川:そうでしたね。

丸山:チューリップの「心の旅」とか太田裕美の「木綿のハンカチーフ」とかが象徴的だけど、東京に出てくるっていうのは大変だったわけじゃない。そういう状況が音楽にもちゃんと反映されてたよね。でも、90年代に入ると東京に出てくるのが簡単になって、中央との文化の違いをどうやって埋めるかっていうことが詞のテーマとして成立しない時代に入ったんだよ。

黒川:みんな均質化しましたよね。

丸山:均質化して、同時に「こんちくしょう」っていう上昇志向が薄れたよね。それで、日本の音楽ってのは停滞期に入ったんだと俺は勝手に分析してるわけ(笑)。

黒川:それは僕もすごく共感します。雑誌が特にそうでしたが、情報の流通の高速化というところとシンクロしますよね。

黒川 文雄 ジェミニエンタテインメント代表取締役

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くろかわ ふみお / Fumio Kurokawa

1960年、東京都生まれ。アポロン音楽工業、ギャガコミュニケーションズ(現・GAGA)、セガ・エンタープライゼス(現・セガゲームス)、デジキューブを経て、映像とオンラインゲームを展開するデックスエンタテインメントを起業、ブシロード、コナミデジタルエンタテインメント、NHNJapanを経て、現在は音楽制作や映画・映像製作、劇場映画配給、ビデオゲーム、オンラインゲーム、スマートフォンゲームアプリカードゲームなどの企画開発ビジネスに携わる。

ゲームソフト、オンラインゲーム、スマートフォン向けコンテンツは大手パブリッシャーとの協業も多数手がける、映像ソフト「ありがとうJAL747」「ANA747 FOREVER」「ATARI GAME OVER」等を手がける。

現在は、eスポーツ、オンラインゲーム、スマートフォンゲーム、人工知能、バーチャルリアリティ、オーギュメンテッドリアリティ、ミックスドリアティなどをテーマに研究を重ねる。

また、黒川メディアコンテンツ研究所・所長を務め、メディアコンテンツ研究家としても活動し、エンタテインメント系勉強会の黒川塾を主宰。またジャーナリスト、コラムニストとしても活躍。

著書に『プロゲーマー、業界のしくみからお金の話まで eスポーツのすべてがわかる本」(日本実業出版社)などがある。

オンラインサロン黒川塾も開設。
株式会社ジェミニエンタテインメント
Twitter:ku6kawa230

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