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ただすべてを否定的に、あるいは悲観的に捉える必要はないのかもしれない。闇に包まれていた北朝鮮の指導者が航空機に乗って外交の舞台に登場し笑顔を振り撒き肉声で語り、それが生放送で世界中に流された。金正恩氏は父の金正日氏や祖父の金日成(キム・イルソン)氏とは明らかに違う。かつての北朝鮮に比べると画期的な変化ではある。

権力基盤を確たるものにするために兄弟や親族までも粛清してしまう冷血な為政者が、国際社会に顔を出した。この変化が今後、どこに向かうのか。興味深いところである。

過去の経験からすると長い旅に

また、米朝首脳会談が決裂せず共同声明を出したことは、とりあえず米朝間で軍事的衝突が起きる可能性がかなりの程度なくなったことを意味している。トランプ大統領は記者会見で「米韓合同軍事演習はおカネがかかるwar gameだ。米朝が交渉している中でwar gameをすることはよくない」と発言した。つまり軍事演習を取りやめる可能性を示したのである。これに対し金正恩氏はミサイルエンジンの試験場を解体すると伝えた。すでに核実験場の爆破もしている。互いに長期戦に向けた環境作りはやっているということだろう。

米朝間で交渉が続き、米韓軍事演習が行われず、核兵器やミサイルの実験が行われないとなれば、朝鮮半島の軍事的危機は遠のく。核・ミサイルなどの問題は何も解決していないにもかかわらず疑似的な平和状態が訪れることになる。

その結果、「並進路線」をやめて経済政策重視を打ち出した金正恩氏は、国内の経済成長に力を入れることが可能になるだろう。それが共同声明でいう「永続的で安定した平和の体制」ではないが、似たような状況を作り出すことはできるだろう。

もちろん、こうした期間を利用して北朝鮮がこれまで同様、関係国を裏切り新たな核兵器やミサイル開発をひそかに進めるようなことがあれば、次の危機はこれまでとは比較にならないものになるだろう。それを防ぐための手立ても欠かせない。

日本と韓国の国交正常化交渉は1951年から1965年まで14年もかかった。リチャード・ニクソン大統領時代のヘンリー・キッシンジャー補佐官の極秘訪中に始まった米中の国交正常化交渉は1971年から1979年まで8年かかった。70年という長い期間、敵対関係にあった米国と北朝鮮の場合、首脳が実現したからと言って、さまざまな問題が一気に解決し国交正常化が実現すると考えるほうが無理なのだ。いつ終わるとも知れぬ長い旅に周辺国は付き合うことになるだろう。

薬師寺 克行 東洋大学教授

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やくしじ かつゆき / Katsuyuki Yakushiji

1979年東京大学卒、朝日新聞社に入社。政治部で首相官邸や外務省などを担当。論説委員、月刊『論座』編集長、政治部長などを務める。2011年より東洋大学社会学部教授。国際問題研究所客員研究員。専門は現代日本政治、日本外交。主な著書に『現代日本政治史』(有斐閣、2014年)、『激論! ナショナリズムと外交』(講談社、2014年)、『証言 民主党政権』(講談社、2012年)など。

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