23区外へ出てからも京王と小田急の沿線地形は対象的だ。
京王線は仙川―つつじヶ丘間で崖(国分寺崖線という)を越えてから、京王八王子に達するまでほぼ素直に標高を上げ続ける(図3)。やや凸凹地形があるのは、多摩川を渡る手前で崖(府中崖線という)を越える付近だけである。
小田急は上り下りが激しい
小田急のほうは、断面図(図4)を見て一目瞭然のように、激しく上っては下りまた上る。登戸と百合ヶ丘とでは標高差が約50mあり、さらにその先いきなり柿生へと約30m以上も下る。京王線より明らかに敷設工事が大変そうである。
再び山上りとなる鶴川―玉川学園前間では峠部分がトンネルになっていて、現在はトンネルの手前(新宿側)に和光大学、越えた先に玉川学園のキャンパスが広がる。いずれも成城学園から昭和戦前に分かれて開校した。小田急線開業当時の地図を見ると、付近は森林地帯の様相でまったく人家がない。そこを切り開いて校地としている。
今回は京王と小田急とで、地形と歴史的背景の相違をとりあげたが、首都圏の私鉄はそれぞれ沿線の地形に独自の特徴をもっている。
一例を挙げれば、池袋起点の西武池袋線と東武東上線の地形も天と地ほど異なる。前者は次第に標高を上げていくが、後者はしだいに標高を下げていくのだ。
地形が異なれば車窓の特徴も違ってくる。
本稿は、内田宗治著『地形と地理で解ける!東京の秘密33?多摩・武蔵野編』(2018年11月実業之日本社刊)の「第4章?多摩の鉄道と地形編」の一部をダイジェストしてまとめたものです(図3、4は同書掲載の図をカラー加工)。また、図1、2は内田宗治著『地形で解ける!東京の街の秘密50』掲載の図をカラー加工して転載しました。
← 1 2 3