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「それでもそのとき、母が中で死んでいるなんて思いもしませんでした。ゴミ収集前日とかにドアの近くに生ゴミを置いたりすると、臭いがするじゃないですか。それかなぁとか。呑気に思ってました」

開かない実家のドアに、困り果てた和彦さんは、最寄りの交番に相談に行くこと、警察官は急に慌てた様子を見せた。警察官のただならぬ雰囲気に、和彦さんは大げさだなと思った。

警察官と共に部屋を訪ねると、部屋の中は、電気はついておらず、真っ暗だった。おかしいなと思い、電気をつけると、食事用のミニテーブルに頭を突っ伏した状態で、倒れている人影が見えた。

それは、あまりに変わり果てた母の姿だった。食べかけのお皿やコップがそのままになっていることから、食事の真っ最中に、何らかの突発的な病気でテーブルに倒れ、そのまま亡くなってしまったのは明らかだった。なぎ倒された皿の中は、京子さんの黒い体液で、なみなみと満たされていた。

「とにかくびっくりしました。真っ暗闇の中を、ハエがブンブンと飛び回っているのが見えたんです。そして、居間の真ん中のテーブルに、母がうつ伏せで倒れていました。手をくの字に折り曲げていて、丸くなった背中があった。まるで、ひざまずいているような恰好でくずおれていました」

もとからふくよかな人ではあったが、その体格が膨らみを増しているような気がしたという。もちろん体は硬直して冷え切っていた。死後1カ月が経過していた。

和彦さんが我に返ったのは、同行していた警察官が、無線で応援を呼ぶ声がしたからだった。動転している和彦さんに、非情にも警察官は、「事件性があるかもしれないから、どこにも触らないで!」と叫んだ。

警察官が、目を離したすきをみて、和彦さんは冷たくなった母の背中にそっと手を伸ばした。そして、パジャマのような部屋着に包まれた背中を優しくさすってあげた。それは、42年間、ずっと見てきたいつもの小さな背中であった。

「母の姿を見たのは、それが最後でした。本当に、それっきり。でも、一瞬でも、最後にさすってあげられて良かったなぁと思っています。最後は息子に触れてもらって、少しは良かったと思ってもらえたらいいなと思うんです」

今でも、そのときのことを思い出すと、こみ上げるものがあるのか、和彦さんは目を伏せた。

孤独死を身近に感じる人は、単身高齢者の4割超

内閣府の平成28年度版の高齢社会白書によると、孤独死を身近な問題だと感じるという人は、単身世帯の高齢者では、ゆうに4割を超えている。これは、いつ自分の身に孤独死が起こるかもしれないという不安を潜在的に抱えて生活している人がそれだけいるということだ。

拙著『孤独死大国 予備軍1000万人時代のリアル』でも詳しく解説しているが、これだけ社会的に注目を集めている孤独死の年間3万人という数字をざっと身近な単位に置き換えてみると、1日当たり約82人、1時間に約3人以上という計算になる(!)。自殺者が近年3万人を切ったことからしても、途方もない数であることがわかる。


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