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例えば、仲がよかった人に裏切られ、「そういえばあの時、あの人はこんなひどいことを私に言っていた」とか、「あの時、お母さんは私にこう言った」などが典型例です。本当にその言葉を発したかもしれない。でも、違う人が言ったかもしれないし、違う場面であったかもしれないのです。

人間の記憶は、特に感情が絡むと、その強い感情に突き動かされるように、無意識のうちに再構築されるものなのです。

ですから、自分にとって嫌な過去にとらわれすぎると、どんどん嫌な記憶が塗り重なっていき、もっとひどい記憶になることがあります。そして、過去の嫌なことにとらわれることで、「今」が束縛されてしまいます。

また、あまりにつらい記憶は、思い出せないこともあります。

心因性健忘とも言い、精神的なストレスなどによって一部の記憶が失われてしまう状態です。日常的に必要な記憶は失われないので、特に生活に困ることはありませんが、防衛のために起こる現象ですから、無理矢理思い出そうとすれば、支障が出るでしょう。

よい記憶も塗り替えられていく

反対に、「あの時は良かった」と過去の栄光や幸せな出来事も塗り替えられます。仕事の成功はより輝かしく、また、嫌で別れたはずなのに、恋人とのよいことしか記憶に残っていないなどの場合は、思い当たる方も多いのではないでしょうか。自分にとってよい記憶は、どんどん美化されていきます。

そして、その美化された記憶により、現在が色あせて見えてしまうことがあるのです。

生きているのは、「今」なのに、悪い記憶にしても、よい記憶にしても、執着すると、今に目を向けることが難しくなります。刹那的に感傷に浸ることも時には必要だと思いますが、「今」に目を向けたくないときほど、過去にとらわれやすくなってしまう傾向があります。なので、悩んでいたり、解決したいことがあるときほど、意識して「今ここ」での自分の気持ちや「今ここ」での自分の行動に目を向ける必要があるのです。

生きるというのは、今の積み重ねでしかないからです。

ただ、気を付けたいのは、「今」を大切にすることと「今だけ」がよければいいということとは違うということです。現実に向き合う意識を持つということです。

自分の気持ちを見つめなおし、耳を傾けることにより、自分と向き合う意識が生まれます。自分自身と向き合うことは多大なエネルギーが必要で、大変な作業です。しかし、諦めずに自分の心と向き合い、自分自身の中で、きちんと受け止められるようになると、「今、大切なこと」「今、できること」が認識できるようになります。それを優先していくことで、今の自分を認めることができるようになるのです。

「今」と向き合うために、カウンセリングは有効な方法の1つですが、まだまだ身近ではなくハードルが高いと思いますので、まずは、日記をつけてみるとよいかと思います。

何があったかの出来事だけではなく、その時どう感じたかを記載するようにしてみてください。腹が立っても、悲しくても、こんなふうに感じたという「今」の気持ちを認識することから始めてみてください。

「今」をそのまま肯定的に受け入れることができると、つらい記憶もあの時のおかげと、過去への認識が変わるのです。

認識が変われば、過去もよい方向に上書きされる可能性が高く、過去に思い悩むことも減っていく、好循環が生まれます。

大野 萌子 日本メンタルアップ支援機構 代表理事

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おおの もえこ / Moeko Ohno

法政大学卒。一般社団法人日本メンタルアップ支援機構(メンタルアップマネージャ資格認定機関)代表理事、産業カウンセラー、2級キャリアコンサルティング技能士。企業内健康管理室カウンセラーとしての長年の現場経験を生かした、人間関係改善に必須のコミュニケーション、ストレスマネジメントなどの分野を得意とする。現在は防衛省、文部科学省などの官公庁をはじめ、大手企業、大学、医療機関などで年間120件以上の講演・研修を行い、机上の空論ではない「生きたメンタルヘルス対策」を提供している。著書に『よけいなひと言を好かれるセリフに変える言いかえ図鑑』(サンマーク出版)がある。

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