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父の本棚にこの本があった。タイトルに惹かれ、手に取ったのは学生の頃だ。最近、実家に行ったら本棚は処分され、たった1冊のハミルが見つからない。また読みたくなった。

文庫の表紙はブロンド女性が階段の手すりにもたれて本を読んでいる。陽だまりの中の陰影が絵画のようで物語の始まりを予感させた。

ブルックリン生まれのジャーナリストがニューヨーカーの日常を描く短編小説集だ。「人生における危機の瞬間」や「都会の孤独」「忍びよる過去の重み」が主題だと書いている。

第1話は出勤前のコーヒー・ショップ。ハーシュは「彼女」を見つけた。何年ぶりだろう。「よくわたしだってわかったわね」。離婚して数年になるハーシュと、夫と死別したヘレン。しばし結ばれなかった過去を振り返る二人。

ベーグルを食べる場面がある。かなり前だがニューヨークに旅行した時のことを思い出す。ベーグルは歯が折れそうなほど固かった。人種のるつぼを目の当たりにして驚き、9・11の跡地も訪れた。普通の日常が戻っていた。

スケッチブックには実らぬ恋愛、少年時代の冒険、老人の回想、主婦のある朝…。再読して気づいたのはさりげない会話や場面にのぞく人生の妙味だ。今は切なく、いとおしい。

当時の私はハミルの他の著作も貪り読んだ。映画にもなったあの「黄色いハンカチ」もこの本に併載されている。こんなに短い物語に人生がつまっていた。

横浜市南区 ゆかり(44)

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