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約100年前、日本に初めて上陸したバイオリンの名器、ストラディバリウスの「キング・ジョージ」が今月、スイスから里帰りし、持ち主だった関西ゆかりの作曲家、貴志康一(1909?37年)の作品とともによみがえる。演奏するバイオリニストの石橋幸子さん(48)は「まるで天使の声のような音色。貴志の音楽に改めて注目が集まれば」と語る。(青木さやか)
貴志は大阪の裕福な繊維問屋の家に生まれ、9歳の時、一家で兵庫県芦屋市に転居した。ロシア革命を逃れてきた外国人音楽家からバイオリンや音楽理論を学び、17歳で渡欧。指揮者のフルトベングラーらと親交を深めた。25歳の時にはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮し、自作の交響曲を披露した。
貴志の音楽は西洋の和声の中に、祭りのおはやしなどを思わせる日本的な旋律を盛り込んでいるのが特徴。クラシック
貴志は日本人で初めてストラディバリウスを所有したことでも知られる。欧州滞在中の29年、ベルリンの楽器商から6万円で購入。現在の数億円に相当し、実家の支援があったとみられる。1710年制作で「キング・ジョージ」の愛称は、愛用した英国王の名にちなむ。
帰国時には新聞で「名器を抱いて、若き貴志君帰る」と報じられるなど日本でも話題になり、1933年頃に手放すまで大阪などの公演で音色を響かせた。現在はスイスの財団が所有し、2017年、財団側の指名で石橋さんに貸し出された。
石橋さんは現在、スイスを拠点に音楽活動を行っているが、出身は大阪府高槻市。同じ関西出身の貴志が使っていた名器が巡ってきたことを「運命としか思えない」と言う。早世の作曲家の音楽を伝える使命を感じ、22年にアルバム「貴志康一 知られざる作品群」を発売した。
演奏会は、貴志の母校・甲南高校の関係者が企画。10月12日、甲南大甲友会館(神戸市東灘区)で、代表曲「竹取物語」や大阪の商家の風情を感じさせる「南蛮船」などを披露する。
貴志の評伝も書いた音楽史家の毛利眞人さんは「欧州で自分のルーツを強く意識した貴志は、日本の情緒や伝統文化を伝えようと作曲の道に進んだ。演奏会は、そんな彼の思いがよみがえる機会になるだろう」としている。入場料は一般3000円、学生1000円。問い合わせは大阪アーティスト協会(06・6135・0503)。
◆ ストラディバリウス = イタリアの職人、アントニオ・ストラディバリとその息子らが作った弦楽器の総称。バイオリンやチェロ、ビオラなどの計約600丁が現存し、特に1700?20年頃の楽器が傑作とされる。オークションで1丁に数十億円の値がつくこともあり、現在は財団や企業が管理して優れた奏者に期間限定で貸与することが多い。