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3日に開幕する「秋田

最初に竿燈を手にしたのは6歳だった。地元で発足したばかりの登町竿燈会に参加し、長さ約5メートルの「幼若」を上げた。周りからは「上手」と褒められ、「ますます好きになった」。

「技が決まると沿道の人たちが喜んでくれる」のがうれしくて、小2の時には、子どもでできる人はいなかった竿燈を腰で支える技を習得した。竿燈と出会い、今年でちょうど70年。「これまでの祭りに全て出ている」と誇らしげに語った。
印象深いのは、20歳代前半で、技を競う妙技大会に登町竿燈会の一員として参加し、団体戦を連覇したことだ。歴史が浅い団体が勝利したことで、地元町内は盛り上がった。29歳の頃には個人戦でも優勝した。
妙技大会への参加は70歳を過ぎて見送っているが、差し手としては現役だ。時間を見つけては自宅にある35キロのバーベルを上げて筋力を維持する日々。今年も高さ約12メートルの大若を上げる予定だ。
秋田市竿燈会の加賀屋政人会長(64)は「70歳代で現役なのは珍しい。差し手のかがみのような存在だ。少しでも長く竿燈を続けてほしい」と語った。
祭りの70年の歴史を見てきた渡辺さんは、「差し手の技量が上がった」と感心している。大若につなげる竹の本数が昔に比べて増えているそうだ。
人口減少で参加者が減っているが、渡辺さんは「それぞれの竿燈会では外から人を呼んでやっているから、今の流れなら維持はできるだろう」といい、「大人が良い演技をすれば、子どもたちも興味を持ってくれる。若い人たちには練習を続けて技術を磨いていってほしい」と思いを語った。