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2025年10月10日 20:49
更新 6時間前
ノルウェー・ノーベル委員会は10日、2025年のノーベル平和賞を、ヴェネズエラの反体制派指導者マリア・コリナ・マチャド氏(58)に授与すると発表した。マチャド氏らヴェネズエラの反体制派は昨年7月の大統領選でニコラス・マドゥロ大統領が3選されたという選管当局の発表は不当だと、選管発表と異なる詳細な集計結果をインターネットに発表し続けた。マチャド氏は昨年8月以来、ヴェネズエラ国内で身を隠しているが、平和賞受賞について「信じられない」と驚く動画が公表された。マチャド氏は身の安全が懸念されており、12月の平和賞授賞式に出席できるのかは定かではない。
ノルウェー・ノーベル委員会のヨルゲン ・ヴァトネ・フリドネス委員長は、「広がる闇の中、民主主義の炎を絶やさずにともし続ける女性」に平和賞を授けると発表。近年のラテンアメリカで勇気を示した人の中でも「特に並外れた一人」だと、マチャド氏をたたえた。
フリドネス委員長は続けて、マチャド氏が人と人を結び付ける重要な統合の象徴だとして、「これこそが民主主義の核心にあるものです。たとえお互いの意見が違っても、民意による統治の原則を守ろうとする共通の意志があることこそ、民主主義の核心です」と強調。「民主主義が脅威にさらされている今、この共通の基盤を守ることがかつてないほど重要です」とも呼びかけた。
この発表を受けて、昨年の大統領選にマチャド氏の代わりに野党候補として出馬した後、マドゥロ政権からの迫害を逃れてスペインに亡命したエドムンド・ゴンザレス氏がソーシャルメディア「X」に、マチャド氏とスマートフォン越しに話す動画を投稿。ゴンザレス氏がマチャド氏に「うれしくてショック状態だ」と伝えると、マチャド氏が「これは何なの? 信じられない」と答えた。この動画は、マチャド氏の広報チームからAFP通信にも提供された。
ゴンザレス氏は「X」で、マチャド氏の受賞は「我々の自由と民主主義を求める、一人の女性の孤独な苦闘と国民全体の苦闘が、ふさわしく認められた」ものだと歓迎。「ヴェネズエラの初ノーベル! ヴェネズエラは自由になる!」と書いた。
マチャド氏は昨年の大統領選で、マドゥロ大統領の対立候補として出馬が予想されていた。しかし、マドゥロ氏寄りのヴェネズエラ最高裁は昨年1月、マチャド氏の公職就任を禁じたマドゥロ政権の決定を支持する判決を言い渡し、マチャド氏は事実上出馬を阻止された。
選挙の直後から、野党側は野党候補ゴンザレス氏が大差で勝利した証拠があると主張し、詳細な集計結果をインターネット上に掲載した。ゴンザレス氏は昨年9月、スペインに亡命し、自国の民主主義のために「戦い続ける」と誓った。ヴェネズエラ政府はゴンザレス氏について、公文書偽造や共謀などの疑いで逮捕状を出していた。
マチャド氏の受賞発表から1時間以上たって、ノーベル委員会は発表の直前にマチャド氏に電話で連絡した際の動画を公表した。その中で、ノルウェー・ノーベル研究所のクリスチャン・ベルク・ハルプヴィーケン所長は、こみ上げる感情に声を震わせながら、マチャド氏に平和賞に選ばれたこと、数分後に発表されることを英語で伝えた。するとマチャド氏は英語で「オー・マイ・ゴッド(神様、なんてこと)」と、とぎれとぎれに5回繰り返してから、「言葉になりません」と述べた。
「本当にありがとうございます。ただ、これは運動なんです。これは一つの社会全体が達成したことなんです。それをわかっていただければと思います。私はただ、一人の人間なので」と、マチャド氏は続けた。
マチャド氏は感極まった口調で、この知らせを信じるにはまだ時間がかかるとして、ノーベル委員会からの「栄誉」に感謝した。
「民主主義が後退している世界」と委員長
マチャド氏への授与の発表で、フリドネス委員長はさらに、ヴェネズエラの野党勢力が昨年の大統領選で、選挙監視員の協力を得て集計した投票結果を公表して国際的な支持を得たが、「(マドゥロ)政権は選挙結果を受け入れず、権力にしがみついた」と指摘した。
そのうえで委員長は、「民主主義は持続的な平和の前提条件です。しかし、私たちは今、民主主義が後退している世界に生きています」と主張。「ますます多くの権威主義体制が規範に挑戦」し、暴力に訴えていると述べた。
委員長はさらに、ヴェネズエラの指導部を批判し、同様の傾向が世界各地で見られるとも指摘。「支配者が法の支配を損ない、自由な報道を沈黙させ、批判者を投獄し、そして社会が権威主義的な統治と軍事化へと押しやられている」とも述べた。
そうした世界にあってマチャド氏は、「国の野党勢力をひとつにまとめ、民主主義への平和的な移行を揺るぎなく支持してきた」と委員長は評価。ノーベル賞の創設者アルフレッド・ノーベルが定めたすべての基準を満たしていると話した。
委員長はさらに、「民主主義の手段が、平和の手段でもあることを示した」マチャド氏は、「市民の権利が守られる未来への希望を体現」し、「その未来において、人々はついに平和の中で自由に生きることができるだろう」と強調した。
ノーベル平和賞は、「国家間の友好関係、軍備の削減・廃止、及び平和会議の開催・推進のために最大・最善の貢献をした人物」に贈られる。
身の安全の懸念
発表を終えた委員長に記者団は、ノーベル平和賞受賞者となったマチャド氏の今後の身の安全や、12月にオスロで開かれる授賞式への出席の見込みなどを質問した。
それに対してフリドネス委員長は、「特に受賞者が深刻に命を脅かされ、身を隠している場合」、その点が「毎年議論になる」と答えた上で、マチャド氏が現在もヴェネズエラで活動し、今後も活動を続ける予定なので、ノーベル賞は「彼女の活動を支援するもので、制限するものではない」と判断したのだと説明した。
授賞式への出席については、出席できることを「願っているが、深刻な治安状況があることも認識している」と答えた。
マチャド氏は、昨年8月に米紙ウォール・ストリート・ジャーナルに掲載された「私はマドゥロ惨敗を証明できる」と題した書簡で、「私は今、身を隠してこの手紙を書いています。命と自由、そして同胞たちの命と自由が、ニコラス・マドゥロ率いる独裁政権によって脅かされていることを恐れています」と書いた。
マチャド氏はこの手紙で、マドゥロ氏が選挙に勝利していない証拠を持っているとしつつ、マドゥロ氏が敗北を認めることは「考えられない」と認めていた。
その後マチャド氏は、2025年1月に抗議活動で一時的に姿を見せ、短い間、拘束された後、釈放された。
トランプ氏について
今年のノーベル平和賞については、ドナルド・トランプ米大統領が自分は平和賞にふさわしいと繰り返し公言し、アメリカの政権がそのために運動する中での選考となった。
記者団はフリドネス委員長に、トランプ氏に賞を授与するよう求めるトランプ氏本人や国際社会の一部からの圧力や、その圧力が選考作業に及ぼした影響の有無について尋ねた。
これに対して委員長は、「ノーベル平和賞の長い歴史の中で、委員会はキャンペーンや『メディアの緊張』を何度も経験してきた。毎年、何千通もの手紙が届き、それぞれの人が『自分にとっての平和』につながると考える事柄を訴えてくる」とした上で、「我々の決定は、アルフレッド・ノーベルの遺志と業績のみに基づいています」と答えた。
マチャド氏の受賞発表を受けて、ホワイトハウスのスティーヴン・チャン広報部長は「X」に、「ノーベル委員会は平和より政治を優先すると証明した」と書いた。チャン部長は、「トランプ大統領は引き続き、和平合意を成立させ、戦争を終わらせ、命を救い続ける。大統領は人道主義者の心を持っている。そして、自分の意志の力だけで山を動かせるような人は、今もこれからも彼しかいない」とも書いた。
トランプ氏は、ヴェネズエラのマドゥロ大統領を、長年にわたり批判してきた。今年8月、トランプ政権はマドゥロ氏の逮捕につながる情報提供への報奨金を倍増させ、「世界最大級の麻薬密売人の一人」と非難した。報奨金は現在5000万ドルに達している。対するヴェネズエラ政府はこの動きを「哀れ」と一蹴した。
トランプ政権はさらに9月から、「暴力的な麻薬密売カルテル」だとして、国際水域を航行中のヴェネズエラ船への攻撃を繰り返している。
マドゥロ氏は統一社会党の指導者で、2013年にウゴ・チャヴェス氏の後継として大統領に就任した。国内で反対派を弾圧し、暴力を用いて異論を封じていると繰り返し非難されている。
国際社会のほとんどがその結果を認めなかった昨年夏の大統領選を経て、不正選挙の疑惑が渦巻く中、今年1月にあらためて大統領に就任した。
【解説】 この人のもとに野党が集まった
ヴァネッサ・ブッシュルーター BBCオンライン・ラテンアメリカ編集長
ヴェネズエラの野党はもう長いこと、分裂と内輪もめを続け、悪名が高い。
各派閥の指導者たちは、ニコラス・マドゥロ氏を権力の座から引きずり下ろしたいにもかかわらず、マドゥロ氏を攻撃するより、お互いの戦略の攻撃に時間をかけていた。
しかし、マリア・コリナ・マチャド氏は、昨年の大統領選挙を前に、対立を繰り返していた野党勢力をまとめあげた。
彼女が大統領選への立候補を禁じられた後も、野党と何百万人もの国民の支持を、自分の代わりに候補者となった無名のエドムンド・ゴンサレス氏への支持へと結集させた。
投票所の集計結果ではゴンサレス氏が圧勝していたにもかかわらず、政府の国家選挙評議会は、マドゥロ氏の勝利を宣言した。それでも、マチャド氏は諦めなかった。
彼女は現在も身を隠しながら活動を続けており、マドゥロ政権が繰り返し逮捕をほのめかしているにもかかわらず、国外に出ることを拒んでいる。
【解説】 難しい状況での賢明な選択
マーク・ローウェン記者
ノルウェー・ノーベル委員会にとって、今回の選択はとても難しいものだった。なぜなら、当然ながら、委員会はこの賞に最もふさわしいと自分たちが信じる候補者を選ばなくてはならないからだ。しかし、委員会はトランプ氏からの前例のない圧力にも直面していた。
マチャド氏は、トランプ政権が支持するヴェネズエラの野党を代表する女性だ。マルコ・ルビオ米国務長官は、マドゥロ大統領に「正統性がない」と批判していた。
トランプ政権はここ数週間、密輸業者や麻薬を積んでアメリカへ向かっているとみなしたヴェネズエラの船舶を爆撃したと、重ねて発表している。
ノーベル委員会は、トランプ政権の怒りを買うことなく、報復を招かない人物を選んだ。私は、委員会にとってそれが動機だったと言いたいわけではない。しかし、これは興味深い選択だった。



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