ニュース本文
理化学研究所(理研)仁科加速器科学研究センター RIビーム基盤開発部の久保 敏幸 研究嘱託、RIビーム分離生成装置チームの清水 陽平 技師、核変換データ研究開発室重元素RIデータチームの炭竃 聡之 チームリーダーらの国際共同研究グループは、理研の重イオン[1]加速器施設RIビームファクトリー(RIBF)[2]において、ウランビームを用いた新同位元素[3]の探索実験を行い、希土類元素セリウム-159(159Ce:陽子数58、中性子数101)近傍の超中性子過剰[4]領域の新同位元素7種を発見しました。 核図表[5]上の安定線[5]から遠く離れた広範囲にわたる不安定核のフロンティアを探索する研究が、RIBFにおいてますます促進されると期待されます。 近年RIBFでは、安定な原子核に比べ、中性子数が陽子数より圧倒的に多い中性子過剰領域の原子核(新同位元素)を探し続けており、今回新同位元素が発見された159Ce近傍の中性子過剰領域は、核構造や宇宙における元素合成の解明において注目されています。本研究は、RIBFの世界最高レベルの大強度ウランビームや世界最高性能を誇る超伝導RIビーム分離生成装置BigRIPS[6]を用いた飛行分離方式[7]に基づくRIビーム生成など、卓越した実験条件の達成により実現したものです。理研で飛行分離方式により発見された新同位元素数は、200種を超えて計203種となりました。この発見数は理研の新同位元素発見総数(238種)が施設別世界3位、日本の発見総数(280種)が国別4位にランキングされること、また理研が2020年代の新同位元素の世界の発見数の52%を占めることに大きな貢献をしています。 本研究は『Journal of Physical Society of Japan』オンライン版(1月27日付:日本時間1月27日)に掲載されました。
核図表における理研で発見された新同位元素
背景
自然界には,水素からウランに至る中で、83種の元素、同位元素としては約270種が安定に存在し、それらの原子核は安定核と呼ばれ、「核図表」(原子核の地図)において安定線を形成します。安定線の外側の領域には、約7,000種にも及ぶベータ崩壊[8]する短寿命の放射性同位元素(RI)[4]が存在すると予言されており、それらの原子核は不安定核と呼ばれています。現在までに、このうち安定線近くの約3,000種の同位元素が発見され、その存在が確認されています。探索実験により初めて観測された同位元素は、新同位元素(new isotope)と呼ばれます。
この宇宙で物質(安定核)がどのように創造されてきたかは今なお謎です。例えば、恒星の中では、鉄(陽子数Z=26)より重い原子核の合成が困難になり、Z=27以上の元素の約半分は中性子星爆発や衝突などの中性子の極めて過剰な環境でr過程[9]により合成されたと考えられています。r過程では、原子核が「中性子を捕獲」し、ベータ崩壊で「陽子への変換」により原子番号が増加するという核図表上の安定線から中性子ドリップライン[10]までの中性子過剰領域を下から駆け上がるように連続的に元素が合成されます。従って、中性子過剰な不安定核を探索することは物質創成の謎を解くために重要です。また、原子核の安定性は、構成する中性子の数が一つ異なるだけで極端に違うなど、陽子数と中性子数の組み合わせやまとまり方に依存しています。そのため、未知の同位元素を探し、それぞれの特徴を明らかにする必要があります。
理研は、1937年に仁科芳雄博士が日本初、世界で2番目となるサイクロトロンを建造して以来、世界最先端の加速器研究施設としての地位を保持しています。仁科加速器科学研究センターは、不安定核の研究を飛躍的に発展させるため、飛行分離方式に基づくRIBFを建設し、2007年5月に運用を開始しました。RIBFの基幹部は、ウラン-238を光速の70%まで加速する超伝導リングサイクロトロン(SRC)を中心とした複合加速器、ならびにこのウランビームの飛行核分裂反応[11]によってつくられるRIビームを高効率で収集し、高い分析能力で粒子識別(同定)するBigRIPSから構成されています。その結果、安定線から遠く離れた領域を含む広範な領域のRIビームが供給可能になりました。この高品質のRIビームは、SAMURAIスぺクトロメータ、ゼロ度スぺクトロメータや東京大学原子核科学研究センターが運営するOEDO-SHARAQなど多くの分析装置にも供給され注1~3)、これらはRIBFにおける原子核研究の基盤装置になっています。理研における飛行分離方式を用いた新同位元素発見総数は、本格的RIビーム生成がRIBFの前身である理研加速器研究施設(RARF)において1989年に入射核破砕反応[12]を用いて始まって以来、200種を超えました(理研における新同位元素発見の歴史[13])。
RIBFでは、稼働開始以来、人類未踏の超中性子過剰領域の探査に挑戦してきました注4、5)。その結果、多数の新同位元素が発見されるとともに、安定線から遠く離れた不安定核の核構造の解明やそれらが絡む宇宙における元素合成過程の解明など、興味深い成果が数多く得られています。その中でも特段の成果としては、既知の魔法数[5]の消失とそれに伴って生じる核変形[14]、新しい魔法数の出現、中性子ドリップライン近傍において出現する中性子ハロー[15]構造の発見などが挙げられます注6~10)。また、RIBFにおいて生成されている同位元素は、ウランまでの元素合成が成されたとされるr過程において、その経路上にあって一時的に生成されたとされる、超中性子過剰同位元素の領域に届き始めています。
注1)2022年6月23日プレスリリース「4個の中性子だけでできた原子核を観測」
注2)2009年7月15日プレスリリース「32Ne(ネオン‐32)の大変形観測に世界で初めて成功」
注3)2024年2月16日プレスリリース「長寿命核廃棄物の減容および宇宙での元素の起源の解明へ」
注4)2007年6月6日プレスリリース「RIビームファクトリーで新同位元素の発見に成功」
注5)2010年6月8日プレスリリース「RIビームファクトリーで45種の新放射性同位元素を初めて発見」
注6)2013年11月20日プレスリリース「消える『魔法数』28」
注7)2020年6月3日プレスリリース「原子核の秩序『魔法数』の消失をフッ素同位体で発見」
注8)2013年10月10日プレスリリース「重いカルシウムで新しい『魔法数』34を発見」
注9)2020年8月21日プレスリリース「フッ素-29が『2中性子ハロー原子核』であることを発見」
注10)2020年3月13日プレスリリース「急激に膨れる原子核」
研究手法と成果
本研究では、希土類元素のセリウム-159(159Ce:陽子数58、中性子数101)近傍の超中性子過剰領域の新同位元素の探索を行い、7種を発見し、飛行分離方式による累計発見数203種を達成しました。この成果の具体的な研究手法は次の通りです。
国際共同研究グループは、RIBFの加速器から供給される、光速の約70%まで加速されたウラン-238(238U:陽子数92、質量数238)ビームをベリリウム(Be)標的に照射し、飛行核分裂反応によって、新同位元素を含む中性子過剰RIビームを生成しました。さらに、BigRIPSを用いて、生成されたRIビームを収集・分離し、観測される放射性同位元素の粒子識別を行いました(図1)。
粒子識別は、RIビームの飛行時間(速度)、磁気剛性[16]、物質通過中のエネルギー減衰を測定し、同位元素の陽子数(Z)および質量数(A)と電荷数(Q)の比(A/Q)を事象ごとに導出することで行いました。精密データ解析により、粒子識別において十分な分解能とバックグラウンド事象の除去を実現しました。
図1 本研究で使用した超伝導RIビーム分離生成装置BigRIPS
BigRIPSは常伝導双極電磁石6台と大口径の超伝導三連四重極電磁石14台から構成される、2段階型の飛行分離型RIビーム生成装置である。1段目の第1ステージでは、生成標的で生成されたRIビームを収集・分離し、2段目の第2ステージでは、さらなる分離とRIビームの高分解能粒子識別を行うことができる。この2段階構成と高効率のRIビーム生成を強く意識した大口径・高磁場仕様が大きな特長である。
本実験では、159Ce近辺領域に狙いを定め、超中性子過剰新同位元素を探しました。ビーム強度が増強したウラン-238ビームの使用とBigRIPSの持つ高いRIビーム収集・同定能力により、この領域の安定線から遠く離れた新同位元素に対して十分な生成効率を実現することで、今回の発見が可能になりました(表1、図2)。
今後の期待
本研究と同じ主要メンバーで構成される国際共同研究グループは今回の研究と同時期にウランビームの飛行核分裂反応を用いた別の実験で新同位元素を見つけ、2024年に発表しています(ゲルマニウム-92(92Ge:陽子数32、中性子数60)とヒ素-93(93As:陽子数33、中性子数60)の近辺領域に狙いを定めた超中性子過剰新同位元素の探索実験[17])。
今回の159Ce近傍で発見された7種、および2024年に発見された92Geと93As近傍の15種の新同位元素は、ともにr過程の道筋上もしくは近傍にある同位元素にあたります注11)。92Geと93Asの近傍を探した実験は、中性子数60近辺の新同位元素を探索したものですが、この領域は、中性子数60を境にして、突如、原子核の形状が球形から変形した楕円に変わってしまうことが予想されていて、興味を引く領域です。一方、希土類元素の159Ce近傍の中性子数100近辺の中性子過剰領域は、広大なる核変形の領域であることが予想されています。その変形には三軸非対称変形など回転楕円以外の変形も含まれる可能性があり注12)、とても興味深い領域です。このように、広大な核図表上の未知の同位元素を探索することにより、原子核のフロンティアは中性子ドリップラインに向かって広がっていき、安定線から遠く離れた領域の核構造やr過程など宇宙における元素合成の謎の解明が促進されていくことが期待されます。
人類による新同位元素発見の歴史は、米国ミシガン州立大学のマイケル・テネソン名誉教授らによって研究論文の詳細な調査と評価がなされ、ウェブサイトに詳しい情報がまとめられています注13)。
それに基づく理研における新同位元素発見数は、以下のようにまとめられます(上記ウェブサイトで公表されている集計(1月23日時点)に、本研究で発見された7種を加えたもの、図3)。
RARF稼働前(1986年以前):15種
RARF稼働後(1986年以後):223種
(RARF:19種、RIBF(2007年以降):204種)
発見数合計:238種
このうち、飛行核分裂反応と入射核破砕反応を用いた、飛行分離方式による発見数は、RARFのRIPS[13]によるものは9種、RIBFのBigRIPSによるものは194種で、合計203種となりました。飛行分離方式による発見数が理研の発見総数のほとんどを占めています。
図3 理研で発見された新同位元素の全てを示す核図表
灰色の四角は、質量モデルKTUY05が存在を予言する未発見の同位元素を示し、それらの右端は、中性子ドリップラインに対応する。
本研究では、新同位元素7種を発見しました。仁科博士のサイクロトロンが稼働した1937年からの全てを含めた理研で発見された新同位元素の累計数は238種にもなりました。近年の理研RIBFの高いRIビーム生成能力や国際競争力は世界の主要な研究施設で発見された新同位元素数の比較からも分かります(図4)。
仁科博士のサイクロトロンが稼働した1937年からRARF稼働開始前の1986年までの半世紀の間、理研で発見された新同位元素の総数は15種で、それ以後の発見数は著しく増加しました。2010年代に理研は新同位元素を146種(年14.6種ペース)発見しました。これは同時期の世界の発見数336種の43%を占めており、RIBFの飛行分離方式の実力を示しています。2020年代は6年間のみの累計で56種(年9.3種ペース)ですが、世界の発見数108種の52%を理研が占めています。新同位元素の生成は、中性子数が一つ増えるごとに(安定線から中性子1個分遠くなるごとに)、同位元素の生成断面積(生成率)が、1~2桁の割合で減少するので、発見が後年になればなるほど生成が難しくなります。新同位元素の発見により、RIBFで現在精力的に進められている、安定線から遠く離れた不安定核の領域に出現する特異な核構造の研究やr過程の解明などの研究が促進されることが期待されます。
図4 世界の主要な研究施設で発見された新同位元素数(10年ごとの累計)
マイケル・テネソン博士らによる「Discovery of Nuclides Project」の集計に基づく。各10年間の累計であり、例えば、2000年から2009年までの発見総数を2005年のところにプロットした。2020年代の累計は2025年までの6年間のみ。
理研の新同位元素発見総数238種は、研究施設別のランキングで3位、日本全体の280種は国別で4位にランクされています(1月23日時点)。また、日本における発見のほとんどが理研によるものです。RIBFでは、現在、性能の飛躍的向上を目指したRIBF Upgrade Projectが計画されています。それが成就すれば、理研と日本のランキングはさらに上位になることが期待されます。
また、現在中性子ドリップラインまで到達している元素はネオンまでですが、それより重い元素においても、中性子ドリップラインに向かって核図表の拡張が期待されます。実際、RIBFにおいて、フッ素とネオンの中性子ドリップラインの決定注14)、ならびに中性子ドリップライン近傍の超中性子過剰同位元素ナトリウム-39の発見注15)が最近なされています。
さらに、最近、RIBFで多核子移行反応[18]がRI生成に使われ始め、それを用いた新同位元素の発見が報告されています注16)。この反応はウラン近傍の中性子過剰領域の新同位元素発見に対して有望と考えられ、今後はこの反応も新同位元素の発見に寄与することが期待されます。
注11)2022年10月19日プレスリリース「加速器実験によるr過程の同位体比の再現に成功」
注12)2025年6月2日プレスリリース「原子核の形状は『アーモンド』」
注13)Discovery of Nuclides Project: Brief History of Rare Isotopes
注14)2019年11月19日プレスリリース「フッ素とネオンの同位元素の存在限界を初めて決定」
注15)2022年11月17日プレスリリース「超中性子過剰同位元素ナトリウム-39を発見」
注16)2023年4月3日プレスリリース「40年ぶりに中性子過剰なウラン同位体を新発見」
補足説明
1.重イオン
原子が電子を失う、または得ることにより電荷を持ったものをイオンといい、このうち、リチウムもしくは炭素より重い元素のイオンを重イオンという。イオン源により原子から電子を剝ぎ取ると原子核の陽子数に比べて電子の数が少なくなり、全体としてプラスの電荷を持つことにより、加速器で電気的に加速することが可能となる。
2.RIビームファクトリー(RIBF)
水素からウランまでの全元素の放射性同位元素(RI)([4]参照)を世界最大強度のRIビームとして発生させ、それを多角的に利用することにより、基礎から応用まで幅広い研究と産業技術の発展に貢献することを目的とし、新しい世代の扉を開いた重イオン加速器施設。RIBFはRIビームを生成するために必要な重イオンビームを供給するRRC、fRC、IRC、SRCサイクロトロンなどから成る「加速器系」、RIビーム分離生成装置のBigRIPSから成る「RIビーム生成系」、生成系で生成したRIビームを用いて多角的な研究・利用を行う「基幹実験装置系」で構成される。RIBFは重イオン加速器施設として卓越した性能を持ち、これまで生成不可能だったRIビームを多種生成できるようになっている。RIビームは原子核の構成メカニズムの解明、元素の起源解明に有用であるとともに、RI利用による産業発展に寄与することも期待されている。米国、ドイツなど世界の主だった重イオン加速器施設でも同様のRIビーム生成が行われつつあり、RIビームを利用した研究開発は激しい国際競争状況にある。
RIビームファクトリー(RIBF)の構成
RIBFは、重イオンビームを供給する加速器系(サイクロトロンのRRC、fRC、IRC、SRCなど)、超伝導RIビーム分離生成装置のBigRIPSから成るRIビーム生成系、そして生成したRIビームを用いて多角的な研究・利用を行う基幹実験装置系から構成される。
3.新同位元素
陽子数が同じ元素には、中性子数が異なるものが複数存在する。これらを同位元素や同位体と呼ぶ。新しく発見された同位元素は、新同位元素(new isotope)と呼ばれ、既に存在が確認されている同位元素は、既知同位元素と呼ばれる。
4.超中性子過剰、放射性同位元素(RI)
同位元素のうち、中性子数が陽子数より大幅に多い超中性子過剰な領域に存在するものを超中性子過剰同位元素という。同位元素には、長期間にわたって安定な状態で存在する安定同位元素と、時間とともに放射線を放出しながら崩壊(ベータ崩壊)していく不安定な放射性同位元素(RI)がある。安定同位元素の原子核は安定核、RIの原子核は不安定核と呼ばれる。放射性同位体、不安定同位体、ラジオアイソトープはRIの同義語である。RIのビームはRIビームと呼ばれる。RIの研究は、約130年前、1896年のアンリ・ベクレルによるウランの放射能の発見に始まり、続いて、キュリー夫妻による放射性ラジウムの発見、さらには1934年にジョリオ・キュリー夫妻による人工的RI生成による新同位元素の発見と続いた。その数年後に加速器を用いて人工的にRIを生成することができるようになると、新同位元素の生成と発見は、加速器の性能(エネルギーやビーム強度、加速イオンの種類)やRI生成・分離技術の段階的向上、新しいRI生成反応の発見などとともに発展していき、1990年代になると、半減期(寿命)が短く、生成断面積(生成率)が小さい、安定線から遠く離れた領域の同位元素が生成できるようになった。RIは、Radioactive Isotope、Rare Isotope、Radioisotopeの略。
5.核図表、安定線、魔法数
核図表は縦軸に陽子数、横軸に中性子数を取り、原子核の核種(RIの種類)を示した配置図で、原子核の地図である。黒色の四角は安定同位元素(安定核)を示し、それらの領域を結ぶ右上斜め方向に延びる線は安定線と呼ばれる。黒色以外の四角はRI(不安定核)を示す。安定線の右側にあるRIの原子核は中性子過剰核、左側にあるものは陽子過剰核と呼ばれる。下図中の二重線は、魔法数と呼ばれる原子核が特に安定になる陽子数や中性子数を示している。安定線に近い領域の原子核で知られている魔法数は、2、8、20、28、50、82、126である。
6.超伝導RIビーム分離生成装置BigRIPS
RIBFで使用される超伝導RIビーム分離生成装置。飛行分離方式([7]参照)が採用されている。重イオンビームを生成標的に照射することによって生成されるさまざまなRIを収集・分離・識別し、RIビームとして供給する。大口径・高磁場の超伝導電磁石を使用し、第1、第2の2段階のステージから構成される飛行分離型RIビーム生成装置である。高効率のRIビームの収集・分離、高分解能の粒子識別など卓越した性能を持ち、これまで生成不可能であった多数のRIビームの生成を可能にしている。
7.飛行分離方式
重イオンビームの入射核破砕反応([12]参照)やウランビームの飛行核分裂反応([11]参照)によって生成されるさまざまなRIは、入射ビームとほぼ同じ速度をもってゼロ度方向(ビーム方向)に放出される。それらを、RIビーム分離生成装置と呼ばれる磁気分析装置を用い、飛行中に収集・分離・同定し、RIビームとして供給する方式を飛行分離方式(in-flight separation scheme)という。RIビームを加速する必要がなく、また元素の化学的性質による得手不得手がないので、コストパフォーマンスが高い方式である。また、RIビームの生成を数百ナノ秒(1ナノ秒は10億分の1秒)と極めて短時間で行えるため、RIの寿命に制限がないことも大きな特長で、全ての種類のRIビーム生成に適用できる普遍性の高い方式といえる。放出されるRIは、角度広がりや運動量広がりを持ち、多種類のRIが混じって生成されるので、用いる磁気分析装置のアクセプタンス(収集効率)や分解能などが、本方式の性能を決める。
8.ベータ崩壊
弱い相互作用によって、原子核内の中性子が放射線としてベータ線(電子)と反電子ニュートリノを放出し陽子に崩壊(より正確には、ベータマイナス(β-)崩壊)し、原子核がゆっくりとより安定なものに変換していく過程をいう。
9.r過程
中性子の密度が非常に高い環境で、原子核が高速に連続して中性子を捕獲しながら崩壊する連鎖的核反応のこと。中性子星合体など宇宙の爆発的な現象のときに起こると考えられている元素合成過程のモデルである。下図のように、原子核は中性子を捕獲すると核図表上を1マス右に移動し、中性子ドリップライン([10]参照)まで中性子を捕獲することができる。過剰な中性子の一部では、陽子に変換されるベータ(β-)崩壊([8]参照)が起きる。このとき、原子核は核図表上を左上のマスに移動することで原子番号が増加すると同時に中性子ドリップラインから安定線側に戻され、再び中性子捕獲が可能になる。これらが連続的に起きて元素のほぼ半分にあたる鉄よりも重い重元素は、r過程(rapid process)で生成されると考えられている。r過程の経路を示す核図表については『天文学辞典』を参照。このウェブサイトでは、核図表上の安定線から中性子ドリップラインまでの中性子過剰領域において、下から駆け上がるように元素が合成される様子をダイナミックなシミュレーションにより見ることができる。
10.中性子ドリップライン
陽子数が同じ元素に中性子を増やしていくと、束縛エネルギーが減少していき、やがて非束縛状態になり原子核として存在できなくなる。この存在限界を中性子ドリップライン(neutron dripline)と呼び、同じ元素において、中性子数の最も多い放射性同位元素(原子核)に対応する。例えば、ネオン元素の場合、ネオン-34(34Ne:陽子数10、中性子数24、質量数34)が中性子ドリップラインである。さらに中性子数を増やすと束縛エネルギーがゼロを切ってしまい、中性子数が24より多いネオンの同位元素は存在しない。フッ素とネオンの中性子ドリップラインは、理研のRIBFで決定された。
11.飛行核分裂反応
ウラン-238などの重い原子核が、同程度の質量を持つ二つの原子核に分かれることを核分裂という。高速のウラン-238ビームを標的にぶつけ、エネルギーを励起させると、ウラン-238の核分裂が飛行中に起こり、飛行核分裂片と呼ばれるさまざまな中性子過剰な原子核がビーム方向に放出される。この反応を飛行核分裂反応(in-flight fission)という。ウランビームの飛行核分裂反応は1990年代半ばに見つかった生成反応で、中性子過剰RIビームの生成に対し優れた特長を持っている。BigRIPSは、この反応の効率的利用を強く意識して設計された。
12.入射核破砕反応
入射核破砕反応(projectile fragmentation)は、高速に加速された入射原子核(重イオンビーム)が標的の原子核に衝突したとき、複数の破砕片が速度を保って前方(ゼロ度方向)に放出される原子核反応をいう。この破砕片には、陽子過剰側から中性子過剰側まで広範囲な領域にわたるさまざまなRIが含まれる。
13.理研における新同位元素発見の歴史、RIPS
仁科博士が1937年に稼働させた理研第1号サイクロトロンでの、速中性子によるウラン-235の対称核分裂片としての新同位元素7種の発見が、理研での新同位元素探査の最初になり、1940年に米国の科学雑誌『Physical Review』に発表されている。その後は、少数ながら新同位元素の発見が細々と続いていた。理研における本格的なRIビーム生成は、理研加速器研究施設(RARF)において1989年末に始まり、そこでは、リングサイクロトロン(RRC)で加速された高速の重イオンビームを標的に当て、入射核破砕反応によって生成されるRIビームを磁気分析装置で分離するという、飛行分離法と呼ばれる新しい生成方式が採用された。その新方式実現のために高効率のRIビーム分離生成装置RIPSが建設され、新同位元素探索を含むRIビームを用いた不安定核の研究において大活躍し、多くの研究業績を生み出した。RIPSは理研における飛行分離方式の発展に大きな役割を果たし、RIビームファクトリー(RIBF)におけるBigRIPSを用いた多数の新同位元素発見に発展した。
14.核変形
原子核は、核子の数が魔法数に近い領域においては球形であるが、そこから離れた領域では、自発的対称性の破れに起因し、回転楕円体などの形状に変形することがある。この現象は核変形、変形した原子核は変形核、と呼ばれる。
15.中性子ハロー
通常の安定な原子核では、陽子と中性子が均一に混ざり合って分布するコアと呼ばれる部分から成り、陽子の占める体積と中性子の占める体積はほぼ等しいと考えられている。しかし、ドリップライン近傍の中性子過剰不安定核には、通常のこのコアの部分と遠方まで広がる過剰な中性子の部分とに分かれた分布構造を持つものが存在する。この過剰な中性子が、異常に大きな半径を持ってコアの周りに薄く広がっている状態を中性子ハロー(neutron halo)と呼ぶ。
16.磁気剛性
電荷を持った粒子が磁場中を運動するときの曲がりにくさを表す量。粒子の運動量(質量数と速度の積)に比例し、電荷数に反比例する。磁気剛性(magnetic rigidity)の大きな粒子は大きな軌道半径、小さなものは小さな軌道半径で曲がる。
17.ゲルマニウム-92(92Ge:陽子数32、中性子数60)とヒ素-93(93As:陽子数33、中性子数60)の近辺領域に狙いを定めた超中性子過剰新同位元素の探索実験
本研究と同じ主要メンバーで構成される国際共同研究グループにより2024年米国の科学雑誌『Physical Review C』に掲載された、ゲルマニウム-92(92Ge:陽子数32、中性子数60)とヒ素-93(93As:陽子数33、中性子数60)の近辺領域に狙いを定めた超中性子過剰新同位元素の探索実験の結果。RIBFの飛行分離方式の卓越力を示す例である。ウランビームの飛行核分裂反応を用いて、本研究と同じ年にまったく同様な方法を用いて行われた。15種もの新同位元素が発見され、今回の飛行分離方式による発見数200種超えに寄与した。
左右にスクロールできます
新同位元素 陽子数(Z) 質量数(A) 中性子数(N) 銅-84(84Cu) 29 84 55 亜鉛-86(86Zn) 30 86 56 亜鉛-87(87Zn) 30 87 57 ガリウム-88(88Ga) 31 88 57 ガリウム-89(89Ga) 31 89 58 ゲルマニウム-91(91Ge) 32 91 59 ゲルマニウム-92(92Ge) 32 92 60 ヒ素-93(93As) 33 93 60 ヒ素-94(94As) 33 94 61 ヒ素-95(95As) 33 95 62 セレン-96(96Se) 34 96 62 セレン-97(97Se) 34 97 63 臭素-99(99Br) 35 99 64 臭素-100(100Br) 35 100 65 クリプトン-103(103Kr) 36 103 67
92Geと93Asの近辺領域の新同位元素探索験の結果(15種発見)
発見されたゲルマニウム-92とヒ素-93の近辺領域の新同位元素15種を示す核図表
論文情報: Y. Shimizu, T. Kubo, T. Sumikama, N. Fukuda, H. Takeda, H. Suzuki, D. S. Ahn, N. Inabe, K. Kusaka, M. Ohtake, Y. Yanagisawa, K. Yoshida, Y. Ichikawa, T. Isobe, H. Otsu, H. Sato, T. Sonoda, D. Murai, N. Iwasa, N. Imai, Y. Hirayama, S. C. Jeong, S. Kimura, H. Miyatake, M. Mukai, D. G. Kim, E. Kim, and A. Yagi, "Production of new neutron-rich isotopes near the N = 60 isotones 92Ge and 93As by in-flight fission of a 345 MeV/nucleon 238U beam", Physical Review C 109, 044313 (2024), 10.1103/PhysRevC.109.044313
18.多核子移行反応
多核子移行反応(multi-nucleon transfer reaction)は重イオン反応の一つで比較的低いエネルギーで起こる。入射重イオンビームから、核子が多数、標的核に移行する(あるいはその逆方向に移行する)反応。中性子過剰不安定核の生成に用いられる。
国際共同研究グループ
理化学研究所 仁科加速器科学研究センター
RIビーム基盤開発部
研究嘱託 久保 敏幸(クボ・トシユキ)
RIビーム分離生成装置チーム
技師 清水 陽平(シミズ・ヨウヘイ)
技師 福田 直樹(フクダ・ナオキ)
先任技師(研究当時)稲辺 尚人(イナベ・ナオヒト)
技師 鈴木 宏(スズキ・ヒロシ)
技師 竹田 浩之(タケダ・ヒロユキ)
協力研究員(研究当時)安 得順(アン・デュック・スン)
核変換データ研究開発室
重元素RIデータチーム
チームリーダー 炭竃 聡之(スミカマ・トシユキ)
本研究には、理化学研究所、高エネルギー加速器研究機構、東北大学、東京大学原子核科学センター、大阪大学、立教大学、GSI研究所(ドイツ)、ミシガン州立大学FRIB研究所(米国)の研究者から構成される国際共同研究グループ(総勢30名)が参加しました。
研究支援
本研究は、米国国立科学財団(NSF)による一部助成を受けて行われました。
原論文情報
Toshiyuki Sumikama, Naoki Fukuda, Toshiyuki Kubo, Hiroshi Suzuki, Hiroyuki Takeda, Naohito Inabe, Daisuke Kameda, Deuk Soon Ahn, Daichi Murai, Koichi Yoshida, Kensuke Kusaka, Yoshiyuki Yanagisawa, Masao Ohtake, Yohei Shimizu, Yuki Sato, Hiromi Sato, Hideaki Otsu, Hidetada Baba, Giuseppe Lorusso, Pär-Anders Söderström, Tadaaki Isobe, Nobuaki Imai, Momo Mukai, Sota Kimura, Hiroari Miyatake, Naohito Iwasa, Ayumi Yagi, Rin Yokoyama, Oleg B. Tarasov, and Hans Geissel, "Expanding the Isotopic Frontier: Seven New Neutron-Rich Rare-Earth Isotopes Observed at RIKEN RI Beam Factory", Journal of the Physical Society of Japan, 10.7566/JPSJ.95.024202
発表者
理化学研究所
仁科加速器科学研究センター RIビーム基盤開発部
研究嘱託 久保 敏幸(クボ・トシユキ)
RIビーム分離生成装置チーム
技師 清水 陽平(シミズ・ヨウヘイ)
核変換データ研究開発室
重元素RIデータチーム
チームリーダー 炭竃 聡之(スミカマ・トシユキ)
発表者のコメント
飛行分離方式によるRIビーム生成が理研で始まって以来、約30年間における新同位元素発見の200種超えは、世界的に見て驚異的レベルです。理研の卓越したRIビーム生成能力や国際競争力を如実に示しています。RIPSとBigRIPSの設計と建設、新同位元素探索を含むRIビームの生成、それを用いた不安定核の研究に40年間にわたって関わって来た者として、感無量です。(久保 敏幸)
報道担当
理化学研究所 広報部 報道担当
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