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先進国では、「不足」から「過剰」の時代に入っています。

日本では、物の不足のない成熟した社会になっていて、人々のニーズは物質的な不足を満たすことではなく、心を満たすことへと転換しつつあります。そのことを政府も認識すべきでしょう。

成熟社会として見るのなら、日本は環境、安全、健康という3つの点で世界のトップランナーだといえます。環境については、森林の多さ(森林率)で世界3位、海洋面積で世界6位です。安全については、世界でも有数の犯罪率の低い国です。健康については、世界一の長寿国であり、先進国で最も肥満率の低い国です。

この3つの長所は、日本が物質的に豊かな成熟社会だという証拠であるとともに、日本独自の風土や歴史、文化を持っている証しでもあります。

近代以降、日本の歴史や文化の独自性は見失われがちでしたが、成熟社会に入ると少しずつ江戸文化のよさや地域の歴史などが再評価され始めています。

そうした日本の独自性を生かせば、今の豊かな社会を楽しむ程度の成長は十分に達成できると私は思っています。

すでに豊かな社会である日本には、もう、高い成長率は必要ありません。この豊かさを今後も維持していける程度の成長、数字でいえばゼロ?1%程度の成長を維持すれば十分でしょう。いたずらに高い成長を求めるのではなく、成熟した社会を楽しむような豊かな国を目指すべきです。

つまり、豊かなゼロ成長こそ、これからの日本の生き方なのです。

労働の質を上げるためにも遊んだほうがいい

成熟した最高の時代に生きている。

私がこう言うと、「現実の厳しさから目を背けている」と反論があるかもしれません。確かに、低成長の時代には、経済的に厳しい変化も起こります。

中産階級の没落もその一つです。

たとえば、これからの日本では、ルーティンワークなど、代替可能な労働の価値はどんどんと下がっていきます。海外の安い労働力に置き換えられたり、機械による作業に取って代わられたりするでしょう。つまり、長時間労働など、今までの働き方は低い評価しか受けないわけです。

報酬を大きくするには、単純労働の量を増やすのではなく、労働の質を高める必要が出てきます。質の高い労働には、発想力やクリエーティビティ(創造性)を求められることになりますが、そのためには心の余裕が必要です。

こうしたポストモダンの時代では、遊ぶことも大事になります。遊びとは日常を離れ、仕事を離れることです。スポーツに熱中するのでもいいでしょうし、人によっては夜の街で遊ぶというのでもいいのかもしれません。ともかく、普段の自分とは違うことをしてみることで、何か新しい物の見方を身に付けたり、新しい発想を生み出したりするきっかけにしたいのです。

モダンの時代のように、仕事の“量”が評価されることはなくなります。効率よく決まった仕事をこなすことよりも、創造性や新しい発想など仕事の“質”の高さが評価されるからです。

つまり、クリエーティブになるためには、少し遊んでいたほうがいいですよと、申し上げたいのです。


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