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第1に、その仕事は社内向け間接業務が中心だからである。「特例」で障害者が従事している作業の多くは、社内清掃、社員の制服クリーニング、メール便仕分け、内部書類のシュレッダーかけなどである。したがって、それらのサービス自体は本業ではなく、その拡大が企業業績の向上に寄与するわけでもない。

むしろ、これらの間接業務をなるべく省力化していくことが企業収益の向上に貢献するのである。ということは、社内でこの手の障害者の仕事を増やすことは企業経営にとってプラスにならない。

第2に、「特例」はこれらの業務を行う見返りとして、親会社などから報酬を受け取っているが、その額は要した費用プラス利潤という“総括原価方式”で決められているところがほとんどである。しかし、かかった費用分だけ親会社に報酬を請求できるならば、「特例」には生産性を上げるインセンティブが働かない。

また、親会社にしても、特例子会社に期待しているのは法定雇用率をクリアできるよう障害者をしっかり雇い続けてもらうことが第一だろうから、障害者の人員を削減する生産性向上はむしろ願い下げだろう。

障害者雇用を引き受けるビジネスの登場

本年4月に引き上げられた法定雇用率は2020年にはさらに0.1%ポイント上がることになっている。切り出せる仕事や内部に取り込む仕事に限界がある企業は、「企業名公表」を回避するために何らかの手を打たなければならない。そこで、そうした企業向けに障害者雇用を引き受けるビジネスが登場している。

東京都千代田区に本社があるエスプールプラスは、千葉県にあるハウス農園を企業に有料で貸し出し、企業が雇用した障害者に農作業をさせている。雇用されている障害者は雇用率にカウントされるが、できた農作物は福利厚生として社員に配布されたり社員食堂の材料として使われる。同社のホームページによると顧客企業は多業種にわたり、障害者雇用に悩んでいる企業にとってはありがたい存在のようだ。

上記のような問題をみていくと、企業名公表という“脅し”をちらつかせつつ法定雇用率を引き上げていく現行の障害者雇用政策は曲がり角に差し掛かっていることがわかるだろう。

本来あるべき障害者雇用とは、企業が本人の能力を最大限引き出し、本業における戦力として活躍できるような働き方を提示することだ。とりわけ精神・発達障害のある人たちの中には高い潜在能力を持ちながら画一的な就労形態への適応が難しいために働けていないケースが多い。こうした人材を活用するソフトウェア型の“働き方改革”は浸透に時間がかかる。

厚労省は性急な法定雇用率の引き上げに向かうのではなく、働き方の見直しという観点から障害者雇用の推進策を考えるべきである。そうすれば、いわゆる障害者だけでなく、すべての人たちにとって働きやすい環境を作ることにつながるからである。

中島 隆信 慶應義塾大学商学部教授

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なかじま たかのぶ

1960年生まれ。慶應義塾大学大学院経済学研究科後期博士課程単位取得退学。博士(商学)。専門は応用経済学。著書に、『新版 障害者の経済学』『高校野球の経済学』『お寺の経済学』『大相撲の経済学』(以上、東洋経済新報社)、『経済学ではこう考える』(慶應義塾大学出版会)など。

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