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理論家の多い建築家の中では、安藤さんはずいぶんと感覚的な部分が強い建築家だ。こんなことを言ったら怒られるかもしれないが、あのコンクリートの厚みは本当に構造上必要なのだろうかと思う。あれはもしかしたら構造の問題ではなく、安藤さんの精神の問題なのではないのかとさえ思う。それに、光と影の扱い方、空間の切り取り方、地勢を借りた場所の読み込み方には、いずれも独特な野性味を感じる。

一言で言えば、安藤建築とは“表現の強い建築”なのだ。あのコンクリートの安藤空間に現れる陰影は際立って心理的である。それを、モネの空間に対峙し、対話するものにしたい。安藤さんには安藤さんの空間に集中してもらい、デ・マリアやタレルにはそれぞれでやってもらう。モネの空間も、僕らが責任を持って考える。

このころになるとさすがに、安藤さんとの間に一定の信頼関係ができあがっているように思った。まあ、秋元は直島の仕事はまじめにやっているし、徹底してやっている、そう思ってくれていたのかもしれない。

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作家がやりたいことと、安藤さんのやりたいことがバッティングしたとき、それを調整するのが僕の役割だ。僕が安藤さんに反対するときは、意味もなくただ反対しているわけではなく、作品を最高のかたちで仕上げるためにあえて異を唱えている。そのことを安藤さんは理解してくれている。そう信じなければ前に進めないと思った。とはいえ、徹底的に話し合わなければならないことに変わりはない。

こうした折衝は、安藤さんと直接やりとりすることもあるが、ほとんどは岡野さんとやることになる。この岡野さんがなかなか“うん”とは言ってくれない。安藤さん本人に直接ものを言えない分時間がかかるし、手間である。いくら作家側の意図を伝えたところで、岡野さんは「安藤の建築にそういう手法はありえません」の一言である。たとえばモネ室の角がアール(曲面)に処理されるところや、デ・マリアの天井部分のデザインなどがそうだった。

すると僕は、「そこをなんとか」と言い、両者が成り立つところを探るのである。

どのような世界観で織りなすのかが重要

建築家からすれば、建築の内外ともに建築物である。その中に建築的領域と美術的領域を分けて考えるなどありえなかっただろう。しかし、デ・マリアやタレルのようなインスタレーションの作家は、空間が作品の一部なのだから、建築内部であっても作家が決めていくものだ。作家たちにとっては、そこは作家に任せてほしいと思っている。

絵画であれば、額縁のなかだけで作品を完結させることができる。だが、今回実現しようとしているのはあくまで空間芸術である。つまり、その空間の入り口のドアを開けた瞬間から、そこはその作家の領域でなければならない。

とはいえ、来場するお客さんからしてみれば、どこまでが安藤建築で、どこからがデ・マリアの作品か、などと個別に観るわけではない。1つの連続した空間と時間を体験するのであって、そこで安藤さんを含む4人の作家が、どのような世界観を織りなすのかが重要となる。と同時に、それをどのように連続させていくかが肝になる。それらをうまく融合して一体感を創出することが求められる。

映画にたとえればわかりやすいかもしれない。映画では、複数の俳優がそれぞれの個性を発揮しながらいい演技をし、キャラクターの違いを際立たせたうえで1つの映画作品として上質のものに仕上げる。これとよく似ている。

それぞれの作家がしっかり個性を発揮してこそ、地中美術館はよりドラマチックな体験として来場者の心に刻み込まれるのだ。

秋元 雄史 東京藝術大学大学美術館 館長・教授

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あきもと ゆうじ / Yuji Akimoto

1955年東京生まれ。東京藝術大学美術学部絵画科卒業後、作家として制作を続けながらアートライターとして活動。新聞の求人広告を偶然目にしたことがきっかけで1991年に福武書店(現・ベネッセコーポレーション)に入社。「ベネッセアートサイト直島」として知られるアートプロジェクトの主担当となり、開館時の2004年より地中美術館館長/公益財団法人直島福武美術館 財団常務理事に就任、ベネッセアートサイト直島・アーティスティックディレクターも兼務する。2006年に財団を退職して直島を去るが、翌2007年、金沢21世紀美術館 館長に就任。10年間務めたのち退職し、現在は東京藝術大学大学美術館 館長・教授、および練馬区立美術館 館長を務める。著書に『おどろきの金沢』(講談社)、『日本列島「現代アート」を旅する』(小学館)、『工芸未来派 アート化する新しい工芸』(六耀社)などがある。

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