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中島:林さんが別のところでおっしゃったのですが、プロレス会場のような場所に、先生たちを集めてそこにスポットライトを当ててみんなで知の格闘を見る。そういうアリーナのような試みをやったら、よりライブ感が出てくるのではないか、ということでしたね。

:そのアリーナでみなさんが知的なパフォーマンスをする。その様子をその場にいて感じて、何か刺激を得るということは、ものすごく意味があるだろうと思います。

普通、本になると非常に静かなものになるのですが、この本はそのライブ感が失われていません。この「語り方」を語り合うというフォーマットによって、異分野の先生方が1つのすごく大きなテーマについて語り合い、お互いに刺激を得て、そこから新たに疑問も生まれてくる。こうした体験ができる場の面白さを再発見しました。

中島:なるほど。

:この本に参加している先生方も、普段はご自身の研究分野でそれぞれの研究をしているわけで、まったく関係のない専門の人たちが集まって、やれ心やら存在やらというようなことについて語り合うという機会は、あまりないはずだと思うんです。

わたしが非常に驚いたのは、自然科学の先生でも、あるいは人文社会科学の先生でも、自分はそのテーマについては遠いから話さずに聴いています、教えていただきますというスタンスの人はいなくて、どんどんみんな前のめりで関わっていくことです。そこから、自分たちが目指しているものとか、なかなか解決に至らない大きなテーマが、実はすごく共通しているということを発見し合っている。そういうふうに見えました。

バカな質問が大切

小野塚知二(おのづか ともじ)/東京大学大学院経済学研究科教授。専門は近現代イギリス社会経済史、イギリス労務管理史・労使関係史など。 主な著書に、『経済史 いまを知り、未来を生きるために』(有斐閣、2018年)、『第一次世界大戦開戦原因の再検討 国際分業と民衆心理』(岩波書店、2014年)、『クラフト的規制の起源 19世紀イギリス機械産業』(有斐閣、2001年)など

小野塚知二:今、林さんが言ったことはすごく大事なことです。専門なんていうことはあらかじめ設定しない。でもやっぱり共通の問題をわれわれは抱えているはずだ。なぜならば、共通の時代に生きていて、共通の日本という社会に住んでいるわけだから、当然共通の問題を抱えている。

この点で、こういうふうに異分野の人が突如集まって、あたかもお互いにわかっているかのように議論しちゃうというのは、EMPが作り上げてきた流儀です。われわれ講師のほうも実をいうと、そういうふうに鍛えられてきたわけです。

中島:わたしはよく学生にも言うんですけど、なるべくバカな質問をしようと。洗練された質問、いい質問をしようなどとあまり考えないほうがいい。わたしたちは、学問が細かく進歩してきたので、それぞれの分野では、すごく洗練された仕方でものを考えるようにはなりましたが、バカな質問、つまり前提なしの無条件な質問に答えられるようになっているかというと、それほどなっていないと思います。今回、わたしが立てた「心」「存在」「言語」「倫理」という4つの問いは、考えてみたら、ほんとうにバカな質問だと思います。

小野塚:よくぞここまで、大ざっぱな問いを立てたというぐらいに(笑)。

中島:はい、その通りです。それでも一応仕掛けはしてあって、「心とは何か」というふうには聞いていないんです。「心を語るということについて、どうお考えですか?」としています。


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