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 「もうこうなりましたら、恐怖も憎さもなくなるものですね。一刻も早く親のもとへ帰してあげたい一心で、不眠不休でした。トラックで負傷兵が次から次へと運ばれてきましてね、終わりがないのです」

 ■「すぐに逃げなさい」

 私が「食事はどうしたのですか」と聞くと、「さあ、どうしたのでしょうか。空腹に苦しんだことは記憶にありますが、何を食べたか覚えていないのです」と語る。

 不眠不休で負傷兵を手当てしていた彼女はその後に級友たちと生死を分ける出来事が待っているとは知るよしもなかった。

 Hさん「月のない夜でした。一番仲の良いユンギョンと、いつものように必死で負傷兵を運んでいると、『鄭さんのお嬢さん、お嬢さんではありませんか』と小声で、誰かが私を呼ぶのです」

 「闇の中を見渡しますと、私に向かって無言で懸命に手招きをする男性がいるのです。父の名を知っているなら大丈夫だろうと、人目がないかと辺りを見回し、用心をしながら彼が立っている方に行きますと、顔見知りの若い男性でした」

 「私の母は胃が弱く、胃けいれんを起こすたびに、往診をしてくれた医師と一緒に助手の彼もかばんを抱えて家に来ていましたし、父がとても目をかけていて、彼の将来を楽しみにしていました」

 ■とめどもなく流れる涙

 「声を潜めて『お嬢さん、すぐに逃げなさい。でないと北に連れて行かれます』と半ば命令のように言うのです。地獄絵と化した駐屯地の出口も入り口も分からない私と友人は、北朝鮮軍兵に見つからないように薄氷を踏む思いで彼に導かれ、離れた場所に連れて行かれました」

 「『さあ、お嬢さん、この道を真っすぐ南に向かいなさい。ご両親に無事会えたら、くれぐれも宜しく伝えてください』と言って彼は暗闇の中に消えていきました」

 この話を聞きながら、私は涙がとめどもなく流れた。



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