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由美さんは、休日になると、夫を家に残して、子どもを連れて近所の公園に行った。休日の公園は、ファミリー連れでにぎわっている。夫はいるのに、なぜ自分は1人で子どもを遊ばせなくてはならないのか。切なくて胸が締めつけられた。家に帰ると、まだ夫はパソコンの前にいて、無言で昼食を配膳しなければならない。箸を握りながらも、その目は画面から離れることはない。むなしい、と思った。

リアルより多いチャットの会話

そんな由美さんの気持ちとは裏腹に、良一さんのネットゲームへの入れ込み方は、子どもが成長するにつれて、収まるどころか、ますます加速していく。

「ステージのレベルが高くなるにしたがって、夫のゲームの拘束時間がどんどん長くなっていきました。モンスターが8時間後とか5時間後に出現するから、『その前にレベル上げようぜ』となるんです。アイテムがないとゲームに参加できなくて、それを取るのに4?5時間を費やす。リアルの時間がどんどん削られていく。今思うと、完全に廃人でしたね」

あまりの入れ込みように、もうこれは、労働のようだと思った。「1日8時間ゲームって、労働だよね?」と良一さんに聞いたら、「本当だね」とコントローラーを片手に、返事が返ってきた。夫とリアルで話すよりも、ゲームの中でチャットしている時間のほうが圧倒的に長いという事実に気づき、由美さんはあぜんとした。

「お風呂に入っている間もずっとゲームにインしたままなんです。仲間とのチャットでは、『風呂離席します』といって退席するんですが、風呂から上がると、『戻りました』と言って、また再開する。

チャットは、たびたび注意はしていたんですよ。どこで何々が出たとか、新しいレアアイテムがすごいとか、ゲームの中でうれしそうにしゃべってる。私とは、ほとんど会話なんてしないのに。毎日が寂しくて苦しかった。全部ゲームのトレンドの話で、私と子どもは置いてきぼりなんです」

あまりにも毎日が空虚で、由美さんは、子どもを膝の上にのせながらSNSで夫の不満をつづるようになる。そして、趣味の編み物に没頭するようになっていった。気がついたら、部屋中が毛糸であふれていた。由美さんは寂しさのあまり、一種の買い物依存に陥っていたのだ。そうしている瞬間だけが、つらい現実から逃れられた。

「なんでこんな結婚をしてしまったんだろう」。後悔しかなかった。

由美さんは、手に職をつけるために、第1子が1歳半になると、本格的に仕事を探し始めた。そして、映像制作会社の広報職に正社員として採用される。しかし、そこはブラック企業で、上司の激しいパワハラに遭ってしまう。打ちのめされる由美さんに対して、良一さんはうわの空で、親身になることはなかった。

「元夫からは最後まで、『大丈夫なの?』とか、私をいたわる言葉が出てくることはありませんでした。それどころが、逆に会社を辞めたことで口論になりました。同棲しているときから、夫とすれ違っていたのは自覚していたんですが、最終的に言いくるめられていました。それまでは、夫に依存することしかできなかったので、関係を見直す話ができなかったんです。だけどこの1件で、もう無理だと思いました」

離婚を突きつけると、良一さんはとたんに弱気になり、「子どもがいるから別れたくない」と泣きついてきた。しかし、由美さんは、最終的に荷物をまとめて、子どもとともに出ていくことにした。その様子を見た良一さんが最終的に根負けする形で、離婚が成立した。その後、良一さんから、子どもの養育費はまったく払われていない。

離婚後、由美さんは別の会社で正社員として働きながら、おっとりとした性格の男性と再婚し、幸せに暮らしている。

「子どもの面会で、たまに元夫と会うんですが、以前とまったく変わってないんです。精神的に幼くて、大きな子どものままでしたね。今もゲームを続けているのかは聞いていませんが、私は離婚して本当によかったと思っています」

ちなみに、今の夫は、ネットゲームとはまったく無縁のタイプなのだという。

菅野 久美子 ノンフィクション作家

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かんの・くみこ / Kumiko Kanno

1982年、宮崎県生まれ。大阪芸術大学芸術学部映像学科卒。出版社で編集者を経て、2005年よりフリーライターに。単著に『大島てるが案内人 事故物件めぐりをしてきました』(彩図社)、『孤独死大国』(双葉社)、『超孤独死社会 特殊清掃の現場をたどる』(毎日新聞出版)『家族遺棄社会 孤立、無縁、放置の果てに。』(KADOKAWA)など。

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